粉雪が舞う高原において、東の空からゆっくりと太陽がその姿をあらわし始める
伸びる光が雪に覆われた高原を照らし出し、雪がきらきらと虹色の虹彩を放つ
そして、その光に浮かび上がるのは3体の巨人、西爛戦争において多大な戦果を挙げた死肉によって作られたゴーレムの姿
オリハルコンにて鋳造された剣に手を携え泰然として構えるは、かの老侯爵がその身を捧げ作られた柱の王
膝を付きその左右に備えるは、水銀毒により死を待つのみであったフロフレックの騎士達が成り果てた柱の騎士……
かつては80を数えた彼らも今や目の前に在る者が全てだ、それすら全身が傷つき朽ち始めている
いかに、先の戦争が激しくどれだけの犠牲を払い終結したのか、それを如実にあらわしているであろう --
その三体の騎士の前に在る者もまた三人、フロフレック侯爵家当主となったアルフレッド、食客のユアフ、そして……
朝日と遜色無い程の鮮やかな朱、伸びる先は白雪の大地に勝るとも劣らぬ銀糸となった髪を靡かせる女騎士の姿
時は黄金暦228年1月10日、騎士の正装で身を包み、普段とは違う剣を携えた、アリシア二十歳の誕生日であった --
「いいんだな?」
(齢30を超えフロフレック侯爵家当主としての風格を感じさせつつあるアルフレッドが聞く)
「はい、これは私がやるべき事やらなければならない事、そう思いますから」
(顔を上げ、言い淀む事なく答え前へと歩みを進めるはアリシア)
「そう言う兄上も、本当にいいのですか?」(振り返ることはせずに聞き返す言葉、それに対する答えは)
「……分かってんだろ?」
(との一言のみ、その時の兄の仕草は目で見ずとも手に取るように分かる、5年と言う年月は良かれ悪しかれ二人を成長させその結びつきを強めた)
(だからこそこの役目を負う事を望むのだろう、と、ただ立ち尽くす柱の王を見上げる、果たして彼もまたそう望んでいるのだろうか……) --
(剣を抜く、これは老侯爵が健在であったとき、その最後の姿を見たときに手渡された物)
(騎士として一人前になったと認められる二十歳の日に贈られる証、ミスリルで作り上げられた白銀の剣)
(それを今日ここで初めて携え使う)
「これが、わたしが、最後にお見せできる事であります」
(眼前に剣を構える騎士の礼、それに呼応する如く柱の王が動いた)&br(オリハルコンの剣を大地につき立て、そこに盾を立て掛ける、無防備となった柱の王は一歩二歩と前進し、やがて止まる)
(両脇に騎士を従えるその姿は、否が応でもかつての勇姿を思い起こさせた) --
(死肉腐肉にて作り上げられた醜悪な肉体、それを隠すべく肉に直に撃ちつけられた金属塊そして頬面、その僅かな隙間から覗く目が私の姿を捉えた様な気がした)
(息が詰まる、これから私がやろうとしている事、死して尚共に帝国と戦ったかつての同胞を、肉親を、この手で斬ろうとしている事、その事実を考えてしまうが故に)
「……」
(吐息が白く色付き消える、この期に及んで何を躊躇う必要があるのか、そう自分に言い聞かせゆっくりと肺の中に溜まった空気を迷いと共に吐き出した)
(戦うべき相手は東の地へと撤退し戦争は終わった、勝つために必要であるからと人の願いと命を吸い作り上げられた彼等は、その存在の根幹を失ったのだ)
(だから、これ以上憎悪によって縛り続ける理由は何もない、かつてかの集落で私がやった様に)
「行きます」
(短い気合いの声と共に頭上へ掲げられた真銀の剣、武具結晶により大地から吸い上げられた魔力が光の粒子となって、それに質量を与えはじめる)
(纏う輝きは実体へと遷移し、それを支える大地がひび割れ砕ける、しかし全長20mにも及ぶ結晶剣を頭上に掲げるアリシアの動きには一片の淀みもない)
(左へ、跳ね上げ、右へ、そして)
「う、あ、あぁぁぁぁぁ!!!」
(最後に振り下ろされた剣、柱の王は袈裟切りに斬り伏せられ、ゆっくりとその上体が、次いで半身が、膝をつき、倒れ、崩れ落ちる)
(その先にあるのはアリシアの一撃により抉りとられた大地の棺、生まれた大地にいざなわれいだかれる様に、彼等は還る) --
(残されるは柱の王が使っていた武具、それが彼等の、この戦争に準じた者達全ての墓標であった)
(それは朽ちることなくこの地を見守っていくのだろう……朝日に照らし出されるそれを瞳に映し、かつてこれを作り上げた技師シュルスの姿を思い浮かべる)
(結局アンデッドを嫌う彼には柱の王に使わせる為だと言う事が出来なかった、でも、その墓標としてこれが残るのであれば……)
(少しは許して貰えるかな……?と、天を仰いだ) --
「それじゃあな、ゆっくり休んでくれ爺、そして皆もな……」
(アルフレッドもまた最後の別れを告げる、感慨や悲哀が無かった訳ではないが)
(あいつがあんな顔してるんじゃ、俺がそうする訳にも行かないよな……まったく)
(唇を噛みしめこちらへ歩みを進める妹を見れば、そんな愚痴が脳裏に浮かんだとしてもいた仕方ない事であろう)
「さて、と……」
(新たな墓標に一礼した後の心を切り替えるが如き言葉、それはこちらを見据えるアリシアに向け放たれた物ではあるが)
「考えを変えるつもりは有りませんよ、兄上」
(それに続く言葉はお見通しですよ、とばかりに先手を打たれては深く溜息を吐く他はなく) --
「ま、俺に止める権利はないさ、駄目だと言っても出て行くつもりなのは目に見えているからな……
であれば、気持ち良く送り出すのが兄として、当主としての仕事って事だ」
(アリシアから受け取るは家紋が刻まれた盾、それを弄びながらおどけた様子で続ける)
「だが、俺はお前の名前を侯爵家に連なる者から消すつもりはないからな」
(馬首を翻し、それは、とアリシアが何事かを言う前に)
「いつでも帰ってこい、待ってるぞ」
(普段通りの笑顔を残しアルフレッドを乗せた馬は高原を駆け下る、その蹄の音に掻き消されアリシアの抗議の声は届かなかった) --
「……私は兄上や一族の者、領民に迷惑をかけたくないでありますのに……」
「そりゃ傲慢な考え方だろ?これから自分の責任は投げ捨て好き勝手をやろうってんだ
それと、戦争が始まる前のお前と今のお前は違うってのを意識すべきだなー、表面上の家名を捨てたって誰もがそうは見ないもんだ」
「つまり自らの責任の上でこれからやろうとする事に責任を持て、と、師匠はそう言うでありますね」
(その問いに対する答えはなかった、ただ「わかってんじゃん」と言いたげなユアフのにんまり顔がそこにあるのみ)
(ゆっくりと息を吐く、自らの道に準じるのも騎士、そしてその道は自ら考え見つけなければならない)
(馬に跨り墓標を振り返る、そこに眠る老侯爵が口を酸っぱくして言っていた言葉、それを改めて反芻し手綱を撃ち付けた)
(目指すは南方、神国アルメナ) --