街を一望できる小高い丘の上に一人のエルフの少女が立っていた。
長い黄金色の髪を風にはらませ、濡れた碧眼に郷愁を含ませて街を眺めている。
およそ18年を彼女はこの街で過ごした。悲しい出来事も、楽しい出来事も、つい昨日の事のように胸を過ぎる。
「もはやこの街は自分にとって、新たな故郷なのだ」と少女は胸中呟く。
いまや少女をエルフと判断できる要素はその長い耳しかない。
王族を示す白き輪冠も、首輪も、萌葱色のドレスもこの街の者に譲った。麻の着物がくすぐったい。
子供だった自分は、この街に置いていくんだ。
そう思った。
後ろへ下がった瞬間、懐かしい人々が思い浮かんできた。
農場が見える。高い建物は学び舎だ。貧困地区の病院、公園、小さな森。
不意に視界が緩む。泣き虫なのは大人になっても変わらないようだ。
たまらなく寂しくなった。足が動かない。このままあの小屋へと一気に駆け戻ってしまいたい。
胸に、手を当てた。
暖かかった。
ここに、彼らがいる。
輝きに満ち満ちた日々を共に過ごした師が、友が、兄妹が、あの人が。
故国へと続く道を振り返る。青空の下、彼らが手を振っている気がした。
行くのか。 行くのね。 行きましょう。 行こうぜ。
少女は小さく微笑んで
ゆっくりと一歩、踏み出した。
ジナ・ルフスフルントゥカロス・アプラル=マク
黄金暦180年〜950年まで悠遠の森を治めた女王。斬新な方針をもって閉鎖的なエルフ社会を世に広めんと尽力した。
尚、ジナ女王が幼少の折、外界にて人間と共に過ごしたという風説があるが
その様な記録は存在しておらず、近年では否定されている傾向にある。
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