ある所に、小さな農村があった。
そこは痩せた土地で、雨も少なく、その癖お国から取られる税は高かったので、村人は皆困窮を極めていた。
特にその年は猛暑が田畑を焼き尽くし、実るものも実らない地獄のような年であった。
「このままじゃオラ達、餓死にするだよ」
誰もが口々にそう発し、事実栄養失調や日射病などで死ぬ村人が後を絶たなかった。
そんな時である。村の上空に黒い雲が漂い始めた。村人は皆歓喜した。雨雲だ、雨が振るぞ、作物が育つ、と。
だが、その雲は普通の雲と毛色が違った。まるで生きているかのように動き、なんとそのまま地上に降りてきたのである。
それもそのはず、雲は本当の雲でなく、黒雲の化身である龍、黒龍だったのだ。
「困っているようじゃの」
どうも話せる龍らしいので、村の長はその黒龍に頼み込んだ。
「どうか雨を降らせてくだせえ、龍神さま。雨が振ってもらわねえと、オラたち皆死んでしまいます」
龍は思案にふけるように唸ると、次のような条件を出した。
「村で一番可愛らしいおなごを、毎年一人差し出すのじゃ。さすれば、定期的に雨を降らせてやろう」
また、こうも続けた。
「安心するが良い、とって喰おうとしているわけではない。妾が城にて可愛がってやろうというのじゃ。なんなら、半年に一度村に返してやっても良い」
それなら、と村長は渋々承諾した。
これ以降、村は急速に発展していった。欲しい時に雨が振り、風が吹くようになった。田畑は常に豊作で、どれだけ年貢を払ってもまだお釣りが残るようになった。
毎年一人可愛いおなごを差し出さねくてはならなくなったが、龍の約束通り半年に一度帰ってくるので悲観するものは少なかった。
ただ、帰って来た娘は差し出した時と全く姿が変わっていなかった。どうやら城の食べ物は不老の効果があるようだった。
だが、中には城から帰ってきてそのまま村に残ったものもいた。龍に村に残りたいとお願いしたら、村で可愛い娘を生みここに送ることと引換に不老で失った時間を取り戻す薬を飲まされて戻ることを許可されたそうな。
帰って来た娘が言うに、その龍は「華鱗」と言うそうだった。村人は華鱗様と崇め奉るようになった。
龍神信仰の一つである。
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